民法は,確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については,その時効期間は10年とすると定めています(新民法169条,旧民法174条の2)。しかし,消滅時効期間が経過した後に支払督促が確定しても,時効の更新・時効の中断が生じることはありません(宮崎地判令和2年10月21日)。
事例
Aさんは,以前,生活費に充てるため,株式会社○×フィナンシャルという消費者金融から15万円の借金をしました。そして,Aさんは,借金の返済をしては,生活費に回すため,すぐに借り入れをするということを繰り返していました。
しかし,そうしているうち,Aさんの勤務先が倒産し,Aさんは給料をもらえなくなってしまい,借金の返済もできなくなってしまいました。Aさんは,その後,何とか再就職し,再就職先からもらう給料で何とか生活できるようにはなりましたが,一旦,借金返済が滞ってしまったため,気持ち的に返済を再開しようという前向きな気持ちになり切れず,また,再就職先からもらう給料も以前の勤務先の給料よりかなり少ない給料額だったため,借金返済にお金を回す金銭的余裕もあまりなかったことから,借金の返済が滞ったまま,長期間返済しないままの状態が続いてしまいました。
ところが,最後の返済から11年経ったある日,その消費者金融が裁判所に申立をして,「支払督促」という裁判所を通した借金の催促の文書が届いてしまいました。「支払督促」の書面には2週間以内に異議申し立てができるとは書いてありましたが,Aさんは,裁判所からの催促の文書がきたことで落胆してしまい,過去に自分が借金をしたことも事実であるため,過去の過ちを精算しようという金銭的余裕も気持ち的な余裕もなかったこともあり,放置したままにしてしまったのでした。
すると,その翌年,消費者金融がAさんの給料の差押の手続きをとってきて,Aさんの再就職先に給料差押の通知が届いてしまいました。再就職先の社長がAさんにどういうことかと聞いてきたので,Aさんは正直に過去の借金の経緯や滞納の経緯,支払督促が来ていたことなどを説明しました。これを聞いた再就職先の社長は,「借金には時効というのがあるはずだが,そもそも裁判所から支払督促が届いた時点で,時効になっていたのではないか。」とAさんに言ってきました。
Aさんは,「そうだったのか。放置しなければ良かった。」と思いましたが,既に「支払督促」の異議申立期間は過ぎており,さらに給料差押の手続きまでされている状態で,時効の主張はもうできないのかも,と考えています。
Aさんは,借金の時効の主張ができる可能性はないのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
Aさんは,借金の時効の主張はできないと思います。時効期間は,既に過ぎているのかもしれませんが,やはり「支払督促」の異議申立期間は過ぎており,さらに給料差押の手続きまでされている以上,もう借金は消滅したと主張することは許されないように思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
私は,Aさんは,借金の時効の主張はできると思います。Aさんは,時効期間が過ぎている事実を知らなかったわけですし,時効を主張できないとなると,Aさんが余りにかわいそうに思うので,何とか救ってあげてほしいな,と思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,Aさんは,借金の時効の主張ができると思います。
2020年(令和2年)4月1日施行の新民法では,債権の消滅時効は,①債権者が権利行使可能なことを知った時から5年間,②客観的に権利行使可能な時から10年間のいずれか早い方が経過したときとされています(新民法166条)。今回のケースのような場合は,消費者金融はAさんの借金滞納時に権利行使可能なことを知っていますから,そこから5年間で消滅時効期間が経過していたことになります。
なお,旧民法では,債権の消滅時効は10年間とされていましたが(旧民法167条1項),これは旧商法で一部修正され,株式会社が当事者になる債権の消滅時効は,5年間とされていました(旧商法522条)。ですので,旧民法・旧商法によっても,今回のケースのような場合は,Aさんの借金滞納時から5年間で消滅時効期間が経過していたことになります。
もっとも,民法では,確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については,10年より短い時効期間の定めがあるものであっても,その時効期間は10年とすると定めています(新民法169条,旧民法174条の2)。消費者金融側は,「支払督促」が差押のできる制度である以上,「確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利」であるとして「支払督促」が確定してから10年間は時効消滅しないと主張してくることが考えられます。
花子さんの質問
では,なぜ,Aさんは,借金の時効の主張ができるんでしょうか。
弁護士の説明
上記の消費者金融が主張してくるであろう主張は,「支払督促」が確定したことで,新民法で言えば「時効の更新」,旧民法で言えば「時効の中断」が生じている,という主張になると思われます。
しかし,新民法の「時効の更新」・旧民法の「時効の中断」は,更新事由・中断事由が生じることにより,その時までに時効が進行してきたという事実が法的効力を失い,その事由が終了した時から新たに時効が進行するというものであって,時効が完成した後に新旧民法147条の各事由が生じても,時効の更新・時効の中断が生じることはないため,借金の消滅時効が完成した後の「支払督促」の確定により,その消滅時効が更新・中断することはないんです。ちなみに,Aさんが「判決」をとられていたのであれば,消滅時効の援用の主張は「既判力」により遮断され,時効の主張はできないという結論になるのでしょうが,今回のケースは,「判決」とは違い「既判力」のない「支払督促」に過ぎませんから,消滅時効の援用の主張は制度上遮断されないことになります。今回のケースと同様なケースについて,これと同様の判断をした裁判例もあるんです(宮崎地判令和2年10月21日)。
なお,消滅時効完成後に債務の一部の返済をした場合は,債務者が時効完成の事実を知らなかったときでも,その後その時効の主張をすることは,信義則上,許されないとされており(最判昭和41年4月20日),それとの比較での問題点として,上記宮崎地判令和2年10月21日でも,債務者が何度も借金の支払を求められ,「支払督促」の送達も受けながら,給料差押の請求異議訴訟を提起するまでは借金の消滅時効を援用しなかったとして,債務者の消滅時効の援用が信義則に反しないのかという点も問題となっていました。しかし,上記宮崎地判令和2年10月21日は,債務者側のそのような消極的対応は,時効による債務消滅の主張と相容れないものとまではいえず,借金の消滅時効の援用は,信義則に反するとはいえないとして,いわゆる「時効援用権喪失」も生じないと判断しました。
※本記載は令和2年10月24日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。