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相続

代襲相続と特別受益

代襲相続人が被代襲者の死亡前に被相続人から贈与を受けたとしても,その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り,代襲相続人の特別受益には当たりません(福岡高判平成29年5月18日)。他方,被代襲者が被相続人から特別受益を受けたときは,代襲相続人は,その受益額を相続財産に持ち戻さなければなりません(東京地判平成24年11月26日)。

代襲相続と特別受益

事例

 先日,Aさんが亡くなり,Aさんの死亡時に残された財産は評価額500万円の自宅建物と預貯金4000万円の合計4500万円でした。
 Aさんには,長男Bさんと二男Cさんがいましたが,長男BさんはAさんが亡くなる3年前に既に亡くなっていましたので,Aさんの相続人は,二男Cさんと長男Bさんの子どもである孫Dさんと孫Eさんの3人でした。
 そこで,二男Cさん,孫Dさん,孫Eさんの3人は,Aさんの遺産の分割の話し合いをすることにしました。そして,その際,二男Cさんとしては,(1)評価額1000万円の土地①について,長男Bさんがまだ生きていた頃であるAさんが亡くなる5年前に,㋐Aさんから長男Bさんに土地①の持分2分の1が贈与され,㋑同時にAさんから孫Dさんへ土地①の残りの持分2分の1が贈与されていたこと(土地①は,Aさんと長男Bさんが同居していたAさん名義の自宅建物と長男Bさんの子である孫Dさんが住んでいる孫Dさん名義の自宅建物の両方の建物の敷地となっていました。そして,長男Bさんの死亡後,長男Bさんへ贈与された持分2分の1は長男Bさんの相続に関する遺産分割の結果,孫Dさんが取得していました。)を考慮すべきだと主張しました。また,(2)空き地となっている評価額500万円の土地②について長男Bさんが死亡した後であるAさんが亡くなる1年前にAさんから孫Dさんへ贈与がされていたことも考慮すべきだと主張しました。
 しかし,孫Dさんは,(1)㋑に関して,長男Bさんが亡くなる前にAさんから孫Dさんが贈与を受けた土地①の持分2分の1については,孫DさんがAさんの相続人という立場で贈与を受けた財産ではないため,これをAさんの遺産の分割で考慮することはおかしいと主張してきました。
 また,孫Dさんは,(1)㋐に関して,Aさんから長男Bさんに贈与された土地①の残りの持分2分の1も,直接Aさんから孫Dさんに贈与されたものではないため,これをAさんの遺産の分割で考慮することはおかしいと主張してきました。
 今回の二男Cさんの主張は認められるのでしょうか。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 孫Dさんの(1)㋑に関する1つ目の主張については,仮に二男Cさんの子どもがAさんから贈与を受けていたとしても,二男Cさんが生きているのであれば,その贈与はAさんの相続に関する遺産分割で考慮されないのでしょうから,長男Bさんが亡くなる前に孫Dさんが贈与を受けた土地①の持分2分の1については,これをAさんの遺産の分割で考慮することはおかしいと思います。

この事例を聞いた花子さんの見解

 孫Dさんの(1)㋐に関する2つ目の主張についても,Aさんに関する相続開始の時点で長男Bさんは既に相続人としての地位を失っているわけで,相続人に対する贈与とは言えないですし,孫Dさんが長男Bさんへ贈与された持分2分の1を取得したのは,あくまで長男Bさんの相続に関する遺産分割の結果,孫Dさんが取得しただけですので,これをAさんの遺産の分割で考慮することは孫Dさんに酷ではないかと思います。

弁護士の見解

 今回のケースでは,二男Cさんの主張が認められる可能性が高いと思います。
 今回の遺産分割において,Aさんは被相続人,長男Bさんは被代襲者,孫Dさん・孫Eさんは代襲相続人と呼ばれ,孫Dさん・孫Eさんのような代襲相続人は,Aさんの相続の際に既に死亡していた被代襲者である長男Bさんに代わって相続権を取得することになります。
 そして,民法は,「共同相続人中に,被相続人から,遺贈を受け,又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは,被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし,前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする」と規定しており(民法903条1項),法律用語で「特別受益」と呼ばれるこれらの贈与を受けた者は,相続分の前払いを受けたと扱われることになります。
 まず,上記事例の(2)に関する,Aさんから孫Dさんになされた土地②の生前贈与は,被代襲者が死亡した後になされた代襲相続人に対する生前贈与であり,その贈与の時点で既に孫Dさんは代襲相続人としての地位を取得していますので,これが特別受益にあたることに争いはありません。

太郎さんの質問

 では,上記事例の(1)㋑に関する孫Dさんの1つ目の主張に関して,贈与の時点で未だ代襲相続人としての地位を取得していなかったにも関わらず,被代襲者である長男Bさんが亡くなる前に未だ代襲相続人ではなかった孫Dさんが贈与を受けた土地①の持分2分の1について,Aさんの遺産の分割で代襲相続人の特別受益として考慮することになるのは何故でしょうか。

弁護士の見解

 被代襲者である長男Bさんが亡くなる前に未だ代襲相続人ではなかった孫Dさんが贈与を受けた土地①の持分2分の1について,その贈与の当時,孫DさんはAさんの推定相続人ではなく,その後,3年前に被代襲者である長男Bさんが死亡したことによって,Aさんの推定相続人(代襲相続人)になったことは確かです。
 裁判例上は,①代襲相続人について民法903条を適用して特別受益分の持戻を行なうのは,当該代襲相続人が代襲により推定相続人となつた後に被相続人から直接特別な利益を得た場合に限ると解すべきである,として特別受益にあたらないと判断する裁判例がある一方で(大分家審昭和49年5月14日),②特別受益持戻制度が相続開始時における共同相続人間の相互の不均衡を調整することを目的としていることからすれば,受益者が,受益の当時推定相続人であつたかいなかは重要でなく,代襲相続人は,受益の時期いかんにかかわらず持戻義務を負うものと解すべきであるから,これを持戻遺産から除外するのは相当でない,として特別受益にあたると判断する裁判例もあり(鹿児島家審昭和44年6月25日),両極端に見解が分かれていた状況でした。
 しかし,今回のケースと類似のケースに関する裁判例(福岡高判平成29年5月18日)では,「相続人でない者が,被相続人から贈与を受けた後に,被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得したとしても,その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り,代襲相続人の特別受益には当たらないというべきである。」と判示しました。その上で,この裁判例は,今回のケースに当てはめて言うと,土地①は,Aさんと被代襲者である長男Bさんが同居していたAさん名義の自宅建物と被代襲者である長男Bさんの子である未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさんが住んでいる孫Dさん名義の自宅建物の両方の建物の敷地となっていたところ,被代襲者である長男Bさんがまだ生きていた頃であるAさんが亡くなる5年前にAさんから被代襲者である長男Bさんと未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさんへ土地①の持分2分の1ずつがそれぞれ贈与されたものであるが,そのころ土地①の利用状況や建物の所有関係等に変更があったことはうかがわれず,未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさんに特に土地①の持分2分の1を贈与する必要があったこともうかがわれないのであり,そうすると,未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさんへのかかる贈与は,Aさんの被代襲者である長男Bさんに対する遺産の前渡しの一環として,自宅敷地の一部である土地①を被代襲者である長男Bさんに贈与するにあたり,その持分2分の1を被代襲者である長男Bさんの将来の承継人である未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさん名義にしたものというべきであって,かかる贈与が実質的には被代襲者である長男Bへの遺産の前渡しとも評価しうる特段の事情があるから,かかる贈与は後日代襲相続人となった孫Dさんの特別受益にあたるというべきである,と実質的妥当性に配慮した判断をしているんです。

花子さんの質問

 では,上記事例の(1)㋐に関する孫Dさんの2つ目の主張に関して,被代襲者である長男Bさんは,Aさんの相続開始の時点で既に共同相続人としての地位を失っているにも関わらず,被代襲者である長男Bさんが亡くなる前に被代襲者である長男Bさんに贈与された土地①の残りの持分2分の1も,Aさんの遺産の分割で代襲相続人の特別受益として考慮することになるのは何故でしょうか。

弁護士の見解

 確かに,特別受益に関する民法903条1項は,「共同相続人」の中に,被相続人から贈与等を受けた者がある場合にその贈与の価額を相続財産とみなすと規定していますので,相続開始時点で既に死亡している被代襲者は相続人にあたらず,被代襲者が被相続人から受けた生前贈与について特別受益にあたらないと考える余地もありそうです。
 しかし,裁判例では,「代襲相続の場合に被代襲者が被相続人から特別受益を受けたときは,代襲相続人は,その受益額を相続財産に持ち戻さなければならない。」(東京地判平成24年11月26日)と判断されています。
 もっとも,裁判例では,例外的に,「被代襲者は被相続人から享受した特別受益を自ら消費してしまうこともあるし,被代襲者の特別受益について代襲相続人が常に持戻義務を課せられるならば時に酷な結果を生じ,かえつて衡平を失なうおそれがあるので,代襲者(孫)が被代襲者(父)を通して被代襲者が被相続人(祖父)から受けた贈与によつて現実に経済的利益を受けている場合にかぎりその限度で特別受益に該当し,この場合には代襲者に被代襲者の受益を持ち戻させるべきであると考える。」と判示した上で,外国留学の費用は被代襲者の一身専属的性格のもので,代襲者はそれによる直接的利益を何ら受けないものであることが明らかであるから,受益者である被代襲者が死亡したのちは,代襲相続人に対し特別受益と認め持戻させるのは相当でないというべきであると判断する裁判例(徳島家審昭和52年3月14日)や,被代襲者が「特別の高等教育を受けていることが認められるけれども,このような特別受益は,当該受益者のみが享受でき,かつこれを代襲相続人に移転することが不可能であつて,受益者の人格とともに消滅する一身専属的性格のものであるから,受益者が死亡したのちは,代襲相続人に対し受益の持戻義務を課すのは相当でない。」と判示する裁判例(鹿児島家審昭和44年6月25日)もあり,具体的な事案ごとに実質的妥当性を図る判断がされている状況です。
 これを今回のケースについてみると,被相続人のAさんから被代襲者の長男Bさんに対して土地①の持分2分の1が贈与されていますが,被代襲者である長男Bさんの死亡後,被代襲者である長男Bさんへ贈与された持分2分の1は被代襲者である長男Bさんの相続に関する遺産分割の結果,代襲相続人である孫Dさんが取得していますので,代襲相続人である孫Dさんは,被代襲者である長男Bさんに対するかかる贈与によって現実に経済的利益を受けている状況であり,特別受益性を否定すべき例外的事情も認められず,原則どおり特別受益にあたることとなると思われます。
 以上を前提に,今回のケースでは,二男Cさんは,下記のような計算式に基づき,3000万円の遺産を取得することができると考えられます。

 ・二男Cさんの取得分
  {相続開始時の財産4500万円+孫Dさんの特別受益(被代襲者である長男Bさんに贈与された土地①の1/2の500万円+未だ代襲相続人とはなっていなかった孫Dさんに贈与された土地①の1/2の500万円+代襲相続人となった後に孫Dさんに贈与された土地②の500万円)}×二男Cさんの法定相続分1/2
  =3000万円

※本記載は令和4年1月14日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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