法律上,本物の領収書を持ってきた人に弁済した場合は,弁済した人が,無権限であることを知っていたとか,知らなかったことに過失があるとかいう場合でない限り,弁済は有効と定められています(民法480条)。他方で,弁済が有効となっても,勝手に弁済を受けた人の行為は,詐欺罪や横領罪に該当し得る行為になります。
事例
Aさんは,知人のBさんに50万円を貸しました。返済については,5回に分けて,翌月から毎月末に10万円ずつ支払ってもらうと約束しました。
Aさんは,Bさんからの返済は自分で受け取りに行くつもりでしたが,1回目の返済日には仕事が忙しかったため,受け取りをAさんの奥さんのCさんに頼みました。Cさんは,Aさんが作成した領収書をAさんから受け取って,Bさん宅を訪問して,領収書と引き換えに10万円を受け取って,その10万円をAさんに渡していました。2回目から4回目の返済日についても,同様にAさんは時間が取れなかったため,その都度, Bさんからの受け取りをCさんに頼んで,領収書をCさんに渡していました。
その後,AさんとCさんは離婚しました。Cさんは,離婚して家を出る際に,Bさんからの5回目の返済を受け取るためにAさんが準備していた領収書を持ち出しました。そして,Cさんは,5回目の返済日にBさん宅を訪問して,持ち出した領収書と引き換えに10万円を受け取りました。
Aさんが,Bさんから5回目の10万円を返してもらおうとしたところ,Bさんから,「10万円は既にCさんに支払いました。」と言われました。Aさんは,Bさんから10万円を返してもらうことはできるのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
本来の債権者であるAさんの手元に10万円が渡っていない以上,BさんのAさんに対する借金は消えないと思いますので,AさんはBさんから10万円を返してもらうことができると思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
Bさんは,1回目から4回目の返済と同じように,Aさんが作った領収書を持ってきたCさんに10万円を支払っているので,Aさんには支払わなくてよいと思います。
弁護士の見解
このケースでは,Aさんは,Bさんから10万円を返してもらうことはできないと思われます。
法律上,本物の領収書を持ってきた人に弁済した場合は,弁済した人が,無権限であることを知っていたとか,知らなかったことに過失があるとかいう場合でない限り,弁済は有効と定められています(民法480条)。ですので,このケースでは,Bさんは,本物の領収書を持ってきたCさんが無権限であることを知っていたわけでもなく,また,これまでCさんがBさんから返済金を受け取ってきた経緯を考えると,知らなかったことに過失があるとまでは考えられないため,BさんがCさんに支払った10万円は,Aさんからの借金に対する返済として認められることになります。
花子さんの質問
では,Bさんから10万円を返してもらえないAさんは,Cさんから10万円を返してもらえばよいのですね。
弁護士の説明
そうですね。ただ,AさんがCさんに10万円を請求して,Cさんがすんなり10万円を渡してくれればよいのですが,Cさんが支払いを拒んだ場合には,Aさんは,Cさんに裁判を起こして判決を取った後に,Cさんの財産に強制執行をしてお金を回収しなければなりません。
強制執行をする場合には,Cさんの名義になっている不動産や,Cさん名義の銀行預金などを差し押さえることになります。Cさんに不動産や預金の残高がなかった場合や,預金があったとしても口座を移してどこの銀行に口座を作ったか分からない場合には,Aさんは10万円を回収することが困難となってしまいます。
太郎さんの質問
Cさんからお金を回収するのは結構難しそうですね。Aさんとしては,取られ損ということになってしまうのでしょうか。
弁護士の説明
Cさんにめぼしい資産がない場合,お金の面では,Aさんは取られ損ということになってしまう可能性は高いと思います。但し,Cさんのやったことは,詐欺罪や横領罪に該当し得る行為になりますので,Cさんが刑罰を科される可能性はあると思います。
※本記載は平成30年10月6日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。なお,本記載は令和2年4月1日の改正民法施行前の条項を前提にしています。