消滅時効により権利が消滅するまでの期間は,権利の内容によって様々ですが,返済時期を定めずに私的にお金を貸すような場合は,貸し付け後10年がその期間となります(民法167条1項)。ただし,「催告」が行われた場合には,その後,時効成立に必要な期間が経過したとしても,請求後6ヵ月間は消滅時効がストップします(民法153条)。
事例
Aさんは親戚のBさんから自家用車の購入のためお金を貸してほしいと頼まれ,Bさんにこれまで色々と便宜を図ってもらったことを思い返し,Bさんに50万円を貸すことにしました。
その後,Bさんからの返済の申し出はなかったのですが,Aさんは親戚同士でむやみにお金の話を持ち出すことに気乗りがしないので,特にBさんに返済を求めることもないまま,ずるずると年月が過ぎていきました。
数年後,Aさんの長男が大学に合格し進学費用が必要になったので,Aさんは以前Bさんに貸した50万円のことをふと思い出し,これをいい機会としてBさんに対しメールで返済を求めました。この時点で,貸し付けからは9年9ヵ月が経過していました。
これに対し,Bさんは昔の話でもあり覚えていないと主張して,支払いをしようとしません。その後,AさんはBさんに対して,その後,請求をすることのないまま,現在では,Aさんが最初に返済を求めてから5ヵ月が経過し,貸し付けからは10年2ヵ月が経過してしまいました。Aさんは裁判を起こしてBさんに50万円の返済を求めることができるでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
お金を貸した場合,10年ぐらいで返済を求められなくなると聞いたことがありますし,その間,AさんはBさんに1回しか50万円の返済を求めていないので,BさんはAさんの請求を拒むことができると思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
私も,10年ぐらいが経つと返済を求められなくなると思うのですが,今回,Aさんは10年が過ぎる前にBさんに50万円を請求していて,その時BさんはAさんの考えが分かったのですから,Bさんは,Aさんに対して返済をしなければならないと思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,AさんはBさんに対して50万円の返済を求めることができると考えられます。
まず,今回問題となるのは,AさんのBさんに対する権利が消滅時効にかかっているかということです。
消滅時効とは,お2人が言われる通り,本来相手方に請求できる権利がある場合でも,一定の期間が経過することで,裁判の際に,相手方がその権利の消滅を主張できるようになる制度のことです(民法166条以下)。権利が消滅するまでの一定の期間は,権利の内容によって様々ですが,今回のように,返済時期を定めずに私的に親戚にお金を貸すような場合は,貸し付け後およそ10年がその期間となります(民法167条1項)。
今回のケースでは,現在,貸し付けから10年2ヵ月が経過していますので,消滅時効の期間が経過したように思えます。しかし,他方で,民法上ある一定の行為を行うことにより,消滅時効の期間が進行することをストップさせることができると定められています(民法147条以下)。今回,AさんがBさん に50万円を支払うように請求したことはこの事由に当たり,民法上「催告」と呼ばれています。催告が行われた場合には,その後,時効成立に必要な期間が経過したとしても,請求後6ヵ月間は消滅時効がストップします(民法153条)。ただし,催告による時効のストップの効果はあくまで一時的なもので,確定的に時効をストップさせるためには,請求後6ヵ月以内に相手方に対して裁判を起こさなければなりません。
今回のケースでは,Aさんが請求を行ってから,まだ5ヵ月しか経過していません。したがって,催告の効果により,たとえ貸し付けから10年2ヵ月が経過していても消滅時効は成立せず,Aさんは残り1ヵ月のうちに裁判を起こすことによって,Bさんから返済を求めることができます。
太郎さんの質問
先ほどの事例で,裁判を起こす代わりに再度請求書を送るなどして,さらに6ヵ月の猶予をもらうということはできるのでしょうか?
弁護士の見解
それはできません。消滅時効がストップするには,請求後6ヵ月以内に裁判などの手続をとる必要があり,その期間内にもう一度自分で請求書を相手方に送ったとしても,再度催告の効果が発生してさらに6ヵ月の猶予がもらえるということはありません。
※本記載は平成31年4月20日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。なお,本記載は令和2年4月1日の改正民法施行前の条項を前提にしています。