上司がイッキ飲みを強要したために,部下が急性アルコール中毒で病院に運ばれた場合,上司の行為は傷害罪(刑法204条)にあたります。民事的な賠償の問題でも,大学の新入生に部活の飲み会でイッキ飲みを強要し,酔いつぶれたその新入生を放置し,死亡させたケースで,上級生や顧問の教授に1000万円を超える賠償責任が負わされた裁判例もあります(福岡高判平成18年11月14日)。
事例
新入社員のAさんは,会社の暑気払いで,会社のメンバーと居酒屋に行きました。Aさんは,普段から周囲にお酒に弱いと伝えていたのですが,その暑気払いでAさんの上司から「そんなシラけることを言うな!会社のみんなの親睦を深める飲み会なんだぞ。これを飲め!」と言われ,大きなマスに入った日本酒を突き出されました。「さすがに無理です。」と断ったAさんですが,上司は「イッキ!イッキ!」とはやしたて,その場にいた会社のみんなも拍手喝采で盛り上げていて,とてもこの雰囲気で断ることなんかできない…,と諦めたAさん。ついに,突き出された日本酒をイッキしてしまいました。
上司からは「やればできるじゃないか!」などと誉められましたが,しばらくして気分が悪くなってきたAさん。ついにはぐったり倒れ込み,急性アルコール中毒で救急車に乗せられ病院へ運ばれてしまいました。
病院での処置で,大事には至らなかったAさんですが,お酒に弱いと伝えて断っていたにもかかわらず,強引にイッキを強要してきた上司を許せません。Aさんは上司に対して,法的に何かペナルティーを課すことはできないんでしょうか?
この事例を聞いた花子さんの見解
法的にペナルティーを課すことまでは,できないんじゃないでしょうか。飲み会でのイッキは,お酒のマナーとして良くないことだとは思うんですが,そうはいっても普段から飲み会でやられていることでもありますし,法的に…とまではいかないんじゃないでしょうか。
この事例を聞いた太郎さんの見解
私は,慰謝料くらいとれるんじゃないかと思います。Aさんは,大事には至っていないということなんで,そんなに大した金額はとれないとは思うんですが,慰謝料で法的にペナルティーを課すことができるんじゃないかと思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,Aさんの上司の行為は,傷害罪にあたると思います。
まず,Yさんのおっしゃるとおり,今回のケースでは,Aさんは少ないながらも上司に慰謝料を求めることはできると思います。
しかし,今回のケースでは,それだけでなく,刑法に定める傷害罪(刑法204条)にもあたることになるんです。刑法で定める「傷害」は,裁判例上,「人の生理的機能を害すること」を意味するとされています。今回のケースでは,Aさんは,イッキ飲みを強要されたために,急性アルコール中毒で病院にまで運ばれていますので,Aさんの上司の行為は,まさに「人の生理的機能を害する」行為として傷害罪にあたるんです。
太郎さんの質問
イッキ飲みの強要が,犯罪にまでなってしまうんですね。
今回,Aさんは急性アルコール中毒になったものの,大事には至らなかったんですが,それでも傷害罪にあたるということは,万一,Aさんが亡くなりでもしたら,もっと大変なことになるということなんですかね。
弁護士の説明
そうなんです。その場合,イッキを強要した人の行為は,傷害致死罪(刑法205条)にあたる可能性があります。傷害致死罪の法定刑は,3年以上の懲役と定められていて,イッキを強要した人は刑務所に入らなければならない可能性もあるんです。
また,民事的な賠償の問題でも,大変なことになります。過去,大学の新入生に部活の飲み会でイッキ飲みを強要し,酔いつぶれたその新入生を放置して,そのまま死亡させてしまったケースで,上級生や顧問の教授に1000万円を超える賠償責任が負わされた裁判例もあるんです(福岡高判平成18年11月14日)。
※本記載は令和元年8月10日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。