民法上,他人の物を占有する人が,その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる権利があります(留置権,民法295条1項本文)。なお,費用の後払いを合意している場合は留置権を行使することはできませんが(民法295条1項但書),請負契約では,物の返還が必要になる場合には,特約が無い限り,費用を後払いすることは認められません(民法633条本文)。
事例
Aさんは,大学卒業後,民間会社に就職しましたが,工学部出身でパソコンのことに詳しく,パソコン関係のトラブルの解決について,社内からとても頼りにされていました。
ある日,Aさんは会社の先輩であるBさんから,自宅のパソコンが壊れたので安く直してくれないかと相談をされました。Aさんがパソコンを見たところ,部品を交換する必要があったため,部品代の9000円をもらえれば,引き受けてもいいとBさんに話をしました。Bさんは,それならAさんの手間賃を含めて1万円を支払うから修理をしてもらいたいと言い,Aさんは修理を引き受けることになりました。
後日,Aさんは自ら部品を調達し,パソコンを修理しました。そこで,Bさんにパソコンの修理が終わったことを伝えると,BさんはAさんに修理のお礼を言いました。しかし,Bさんは,今は手持ちがなく代金は支払えないが,すぐにパソコンを使わなければならない用があるため,パソコンを返してほしいと,代金の支払いよりも先にパソコンの返還を求めてきました。
AさんはBさんの話を聞いて困ってしまいましたが,AさんはBさんにパソコンを返さなければならないのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
Aさんは,既にパソコンの修理を終えていて,これ以上,Aさんがパソコンを預かることの出来る根拠が無いと思いますから,AさんはパソコンをBさんに返さなければならないと思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
Aさんは,既にパソコンの修理を終えていますが,Bさんから代金をもらわないうちにパソコンだけ返さなければならないのは不公平なように思えますので,AさんはパソコンをBさんに返さなくてもよいのではないかと思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,Aさんは,Bさんにパソコンを返さなくてもよいと思います。
民法では「留置権」(民法295条1項本文)といって,他人の物を占有する人が,その物に関して生じた債権の弁済を受けるまで,その物を留置することができる権利があります。例えば,物を修理したけれども,相手方が修理費を支払わない場合,物の返還だけを先にしなければならないことになれば,修理費を支払ってもらえないリスクが高まり,当事者間に不公平が生じることから,このような権利が民法上認められているんです。
なお,修理費を後払いすることが決められている場合には留置権を行使することはできません(民法295条1項但書)。しかし,今回の契約の内容はパソコンを修理するというものであり,この契約は民法上,「請負契約」(民法632条)にあたると考えられます。そして,請負契約においては,物の返還が必要になる場合には,特約が無い限り,修理費を後払いすることは認められません(民法633条本文)。
以上から,今回のケースでは,AさんはBさんにパソコンを返す必要はないと考えられます。
花子さんの質問
もしも,BさんがAさんに修理費を支払ったとしても,AさんがBさんに,別途,返済期限の過ぎた貸金の返済を求めていたような場合に,Aさんは,Bさんに,貸金の返済があるまでBさんのパソコンを返さないと主張することは出来るのでしょうか。
弁護士の回答
民法上の留置権の場合,債権が留置する物に関して生じたことが要件になりますので(民法295条1項本文),別件でお金を返してくれないからといっても,修理費が支払われたのであれば物は返還しなければなりません。
しかし,別の法律である商法で,そのような制約の無い留置権を行使することが認められる場合があります(商法521条)。例えば,当事者の両方が会社であるような場合には,商法の適用がありますので,先ほど,Xさんが言ったようなケースであれば留置権を主張できると考えられます。
※本記載は令和元年8月24日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。