相続人に対して,結婚,養子縁組,生計の資本のための贈与がされた場合,「特別受益」として,遺産分割の際,相続分の前払いを受けたものと扱われます(民法903条1項)。しかし,受取人の指定された生命保険金は,法律上,被相続人の相続財産に属するものではないと考えられており,原則として,この「特別受益」にはあたらないと考えられています(最決平成16年10月29日)。
事例
Aさんは,2人姉妹で,妹のBさんがいました。AさんもBさんも,結婚して実家を出ていましたが,10年前に母が亡くなった後は,Aさんが父を引き取って同居してきました。父は,そのことをとても感謝してくれ,父名義の死亡保険金600万円の生命保険について,その受取人をAさんにしてくれました。
父は特に介護なども必要なく,元気に暮らしていましたが,先日,食べ物をのどに詰まらせてしまい,急に亡くなってしまいました。このような形で父を失い,悲しみに暮れるAさん。しかし,Bさんからは,父の遺産である3000万円の遺産分割を早くしようと言われました。
Bさんは,自分の相続分は2分の1あること,Aさんが受取人になっている600万円の生命保険も遺産分割の計算に入れることを要求してきて,遺産の3000万円と生命保険の600万円を合計した3600万円の2分の1である1800万円がBさんの取り分だと主張してきました。
Aさんは,Bさんの主張するように,Aさんが受取人となった600万円の生命保険金を,遺産分割で考慮しなければいけないのでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
600万円の生命保険もお父さんが亡くなって発生したお金ですので,遺産と同様に考えるべきだと思います。ですので,Bさんが主張するとおり,Aさんが受取人となった600万円の生命保険金を,遺産分割で考慮しなければいけないんじゃないかと思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
私は,600万円の生命保険金は考慮しなくてもいいんじゃないかと思います。この生命保険金は,お父さんがAさんに対して感謝の気持ちからAさんを受取人にしたものですから,そのお父さんの気持ちが優先されるんじゃないかと思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,Aさんが受取人となった600万円の生命保険金は,遺産分割では考慮されないと思います。
Aさんが受け取った600万円が生命保険金ではなく,現金を生前贈与として受け取ったものであった場合は,法律上,「特別受益」にあたるものとして,その600万円は遺産分割で考慮されることになります。
この「特別受益」とは,相続人に対して,結婚,養子縁組,生計の資本のための贈与がされた場合に,遺産分割の際,相続分の前払いを受けたものとして扱われるものになります(民法903条1項)。
しかし,Aさんの600万円の生命保険金は,法律上,あくまで生命保険契約に基づきAさんの固有の権利として取得できるもので,お父さんの相続財産に属するものでもないと考えられており,原則として,この「特別受益」にはあたらないと考えられています(最決平成16年10月29日)。
太郎さんの質問
「原則として」ということでしたが,例外はあるんですか。
弁護士の説明
はい。例外はあります。
保険金受取人である相続人と他の相続人との間に著しい不公平が生じる特段の事情がある場合,例外的に生命保険金も特別受益と扱われる場合があります。
その特段の事情の有無は,裁判例によると,保険金の額,保険金額の遺産の総額に対する比率,同居の有無,被相続人の介護等に対する貢献の度合い,各相続人の生活実態などを総合的に考慮して判断されるものとされています(最決平成16年10月29日)。
裁判例の中には,生命保険金の額が遺産総額に匹敵する巨額の金額であり,被相続人との同居や介護などの事実もないような場合に,例外的に特別受益にあたると判断したものもあります。
しかし,今回のケースでは,Aさんが受け取った生命保険金は,遺産総額の20%にすぎず,お父さんと同居してきた事実もありますので,特別受益にはあたらないと考えられます。
したがって,Aさんが受取人となった600万円の生命保険金は,遺産分割では考慮されないと思います。
その結果,Aさんは600万円の生命保険金をそのまま受け取ることができ,その上で,遺産の3000万円をAさんとBさんとで1500万円ずつ分ければよいことになります。
※本記載は令和元年8月17日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。