民法では,「私権の享有は,出生に始まる」(民法3条1項)という原則に対する例外として,相続(民法886条)の場合に,胎児は生まれたものとみなすという規定を置いています。そのため,胎児がいる場合は,配偶者とお腹の中の被相続人の子どもが相続人となり,他方で,被相続人の両親は,そもそも相続人ではないことになります(民法887条,889条,890条)。
事例
Aさんは,Bさんと真剣に交際していましたが,Bさんとの結婚についてはBさんの両親からどうしても了承がもらえませんでした。Bさんと別れることも考えたAさんでしたが,どうしてもBさんと別れることができず,Bさんも「両親が反対していても,結婚しよう。」と言ってくれたため,AさんはBさんと結婚しました。しかし,Bさんの両親は,反対を押し切って結婚したAさんとBさんを許してくれず,関係が悪化したままで,結婚後の交流もない状態でした。
そんな中,Bさんがセンターラインオーバーしてきた対向車に正面衝突され,この交通事故で急死してしまいました。悲しみに暮れるAさんでしたが,Bさんの両親から連絡が来て,Bさんの交通事故の賠償金について,Aさんが3分の2,Bさんの両親が3分の1相続することになる,と言ってきました。AさんとBさんの結婚を許してくれず,関係も断絶していたBさんの両親が,相続権だけは主張してくることに割り切れなさを感じていたAさんでしたが,Bさんの両親の主張どおり,交通事故の賠償金の示談をしようとしていました。
ところが,まさにその示談の直前,AさんがBさんの子どもを妊娠していることが判明!Aさんとしては,お腹の子どもにも賠償金を分けてほしいと,Bさんの両親に相談しました。しかし,Bさんの両親たちは,自分たちの反対を押し切って結婚したAさんたちを快く思っておらず,お腹の子どもに賠償金を分けることを了承してくれませんでした。
Aさんのお腹にいる子どもに賠償金を受け取る権利はないんでしょうか。
この事例を聞いた花子さんの見解
Bさんが亡くなった時点で,まだお腹の子どもは生まれていないわけですし,お腹の子どもにはAさんが受け取る3分の2の相続分の中から分けてあげれば不都合はないと思いますので,お腹の子どもに賠償金を受け取る権利はないんじゃないかと思います。
この事例を聞いた太郎さんの見解
まだ生まれていないとはいえ,Bさんの子どもであることに変わりはないんですよね。生まれてくるのが事故前か事故後かで,子どもが賠償金を受け取ることができるか否かが変わってくるのはおかしいと思うので,お腹の子どもにも賠償金を受け取る権利はあると思います。
弁護士の見解
今回のケースでは,Aさんお腹の子どもには,賠償金を受け取る権利があると思います。
民法では,「私権の享有は,出生に始まる。」と定められていて(民法3条1項),法律上の様々な権利を持つのは,現に生まれている人であることが原則になります。
そして,Bさんに子どもがいない場合であれば,その相続人は妻であるAさんとBさんの両親となり(民法887条,889条,890条),その相続分は,Aさんが3分の2,Bさんの両親が3分の1になります(民法900条2号)。
花子さんの質問
Bさんの両親は,このような考え方に基づいて相続権を主張しているんですね。では,なぜAさんのお腹の子どもに,賠償金を受け取る権利があるんでしょうか。
弁護士の説明
民法では,「私権の享有は,出生に始まる」(民法3条1項)という原則に対する例外として,不法行為に基づく損害賠償の請求(民法721条),相続(民法886条),遺贈(民法965条)の3つの場合には,胎児は生まれたものとみなすという規定を置いています。
そのため,今回のケースでは,Bさんの相続人となるのは妻のAさんとお腹の中の子どもということになり,他方で,Bさんの両親は,そもそも相続人ではなく,賠償金を受け取る権利は無いことになるんです(民法887条,889条,890条)。
その上で,Bさんの事故による賠償金は,Aさんが2分の1,お腹の中の子どもが2分の1受け取る権利があるということになるんです(民法900条1号)。
但し,これらの取り扱いは,お腹の中の子どもが無事に生まれてきたことが前提ですので,仮に,死産になってしまった場合には適用されない点は注意が必要です(民法886条2項)。
※本記載は令和元年10月19日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。