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建物明渡

賃貸借の中途解除と違約金特約の有効性

賃貸借の中途解除の場合に賃貸借の残存期間の賃料合計額相当の違約金特約があったとしても,新たな賃借人を確保するために必要な合理的な期間(6か月~1年程度)の賃料相当額を超える限度では,公序良俗違反無効または権利濫用と判断される可能性があります(東京地判平成19年5月29日,東京地判平成8年8月22日,名古屋高判平成12年4月27日など)。

賃貸借の中途解除と違約金特約の有効性

事例

 Aさんは,Bさんが所有する建物を賃借して,歯科医院を経営することになりました。
 建物の賃料は月額60万円で,賃貸借の期間は5年間と定められていました。そして,この賃貸借契約の特約として,賃借人の債務不履行による解除等の場合,賃借人が賃貸人に対し,賃貸借契約の残存期間の賃料合計額に相当する金員を違約金として支払うという特約が定められていました。
 Aさんは,歯科医院を頑張って経営していましたが,なかなか順調な経営ができず,建物の賃料についても滞納するようになってきました。そして,賃貸借契約が始まってから3年経ったところで,Bさんから賃料支払債務の不履行を理由に賃貸借契約を解除されてしまい,Aさんは泣く泣く建物を明け渡すことになりました。こうして,Aさんは,建物明渡の後,未払いの賃料とともに,賃貸借の残存期間である2年間分の賃料合計額である1440万円の違約金も請求されることになってしまいました。
 Aさんとしては,未払いの賃料は,自分が建物を利用していた期間の賃料なので支払わなければならないことは納得しているのですが,1440万円の中途解除の違約金については,今更ではありますが,自分が建物を現実に利用していない期間の賃料相当額なので,これを支払わなければならないことに納得がいきません。
 Aさんは,1440万円の中途解除の違約金を支払わなければいけないのでしょうか。

この事例を聞いた花子さんの見解

 Aさんは,中途解除の違約金の特約についても納得して賃貸借契約していたはずですので,その賃貸借契約の特約に定めがあるとおり,1440万円の中途解除の違約金の支払い義務があると思います。

この事例を聞いた太郎さんの見解

 Aさんは,賃貸借契約の解除・明渡後は建物を利用していない訳ですから,その残存期間の賃料相当額を全額支払わなければならないというのは,余りにAさんに酷な気がします。

弁護士の見解

 今回のケースでは,Aさんは1440万円の違約金を全額は支払わなくても良い可能性があります。
 Aさんは歯科医院を経営する事業者ですので,そのようなAさんが行うビジネス上の契約は有効であることが原則であり,一般消費者を救済する消費者契約法などによる救済はありません。
 しかし,賃借人の債務不履行による解除等の場合について賃貸借契約の残存期間の賃料合計額に相当する金員を違約金と定める特約があったとしても,そこで定める違約金の額は,賃貸人が賃借人を確保するために必要な合理的な期間に相当する賃料相当額を超える違約金を定めるものであり,このような合理的な期間の賃料相当額を超える限度では,著しく賃借人に不利益を与えるものとして,公序良俗違反により無効(民法90条)または権利濫用として許されない(民法1条3項)と判断される可能性があるんです。

太郎さんの質問

 「合理的な期間の賃料相当額」を超える限度では違約金の特約が無効等と判断される可能性があるとのことですが,それでは,Aさんが違約金を支払う必要がある「合理的な期間の賃料相当額」とは,具体的にどれくらいの金額になるんでしょうか。

弁護士の説明

 今回のケースと類似の事案に関して,新たな賃借人を確保するための合理的な期間は,それが診療所という限定された目的であることを考慮しても,せいぜい6か月程度と見るのが相当であるとして,1440万円の違約金を認めず,6か月の賃料相当額である360万円の限度で違約金を認めた裁判例があります(東京地判平成19年5月29日)。
 その他,賃貸借契約の中途解約・中途解除の違約金に関して,賃料の1年分を超える部分を公序良俗違反として無効とした裁判例もあり(東京地判平成8年8月22日),また,破産手続の中での違約金債権による相殺について合理的な期待の範囲を超えた部分は権利濫用として許されないと判断し,相殺が許される違約金債権の金額を定めるにあたって1年程度の賃料額を目安として金額算定した裁判例もあります(名古屋高判平成12年4月27日)。
 このような裁判例の状況から考えて,「合理的な期間の賃料相当額」は6か月から1年程度の賃料相当額となる場合が多いのではないかと思われます。

花子さんの質問

 今回のケースは,一般の建物賃貸借(普通借家)のケースでしたが,それとは異なり,契約期間が満了するまでの一定期間は契約が継続することが想定されている定期借家契約の場合でも,中途解除・中途解約の違約金の定めは制限的に解釈されるのでしょうか。

弁護士の説明

 定期借家契約のケースでは,契約期間の終期までの期間は契約が継続されることが予定されていて,普通借家の場合よりも,中途解除・中途解約の場合における賃貸人の逸失賃料相当額を違約金として保護する必要が高いと判断される傾向があります。
 定期借家契約のケースで,中途解除・中途解約の違約金の特約が制限的に解釈されることなく満額の違約金が認められた裁判例もあるんです(東京地判平成25年6月25日)。

※本記載は令和3年6月3日現在の法律・判例を前提としていますので,その後の法律・判例の変更につきましてはご自身でお調べください。

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